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青猫ベイビー誕生! 其ノ弐

 昨夜、遠く北海道にて、我が青猫メンバーでカフェ・バロウズのマスター中者大くんと奥様トモミちゃんに赤ちゃんが産まれました!!!


 3,510gの男の子です!!

 大くんは、自分が北海道にいる間に産まれないんじゃないかとヤキモキしていただけに、中々産まれて来ない子供が早くも反抗期なんじゃないかと悩んでいただけに、間に合って本当に良かったです!!
 しかも立ち会ったらしく、奥様トモちゃんに惚れ直したそうです・・。


 嬉しいじゃねえか、めでてえじゃねえか・・・・・もう万々歳だ!!!!


 そして昨日は、市内の病院にて先日産まれたばかりの兼一君とサヤカちゃんの愛娘「柚奈(ユズナ)」ちゃんに会ってきました!!

 小生、あんなに小さい赤ちゃんを抱っこしたのは初めてでした・・・・カワイイ、カワイ過ぎるぜ(泣)。小生も嫁も、青猫の真琴さんもミカちゃんもず~~~~~っとデレデレしっぱなしですよ(笑)。自分のオッパイを出そうとする真琴さん(オイオイ)、すかさず兼一君も(イヤイヤ)・・・と皆はしゃぎっぱなしっす。

 嗚呼、北海道のベイビーにも早く会いたいぜ・・・

 

 大くん&トモミちゃん、兼一くん&サヤカちゃん・・・・・おめでとう!!!!!  


 続々と産まれるチビ猫たち、3匹目は来年2月の後半に産まれる予定です・・・。


 結婚前の2組 2007.8

ケンイチ&サヤカ   注:ケンイチ君は下戸です
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←窪田君(独身)











マサル&トモミ 
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←そして窪田君
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by aonekoroman | 2008-11-30 12:19 | 青猫ロマントルソ  

青猫ベイビー誕生! 其ノ壱 

 11月26日(水) 我が「青猫ロマントルソ」メンバー朝兼一君と奥様サヤカちゃんに女の子の赤ちゃんが産まれました!!!

青猫ベイビー第1号です! オメデタイ!

小生も早く会いたい!!


兼一くん&サヤカちゃん 本当にオメデトウ!!!!!
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by aonekoroman | 2008-11-27 00:42 | 青猫ロマントルソ  

DJ 蒼音呼だ

 DJの出演依頼がタマ~にある。思えば8年前に奄美に帰省して最初に誘われて行ったのがDJイベントで、その後バンドイベントに行ったら客の入りもノリも、まるっきりDJイベントに負けていたような気がする(今もか)。

 いけないことだが、昔はナントカっちゅうDJが選んだ曲が入っているオムニバスだかミックスだか、そんなようなCDをよくレコード屋で見かけたが、買うヤツの気がしれんかったし、自分の周りで購入している友人等を見かけると、

 「自分の聴きたいモンくらい自分で探せアホンダラ。」 などと言って脅しつけていたのだった。

 だが最近気づいた・・。例えば雑誌などで自分の好きなミュージシャンや俳優などがおススメのCDや映画を紹介している。それをやれ聴こう、やれ観ようと思うようなもんなのかもしれないと・・・(遅いぜ小生)。そう言うと合点がいくし、かく云う自分だってこのブログで映画や本を紹介している。なあんだ、そういうことかってんで、それ以来DJなどの出演も快く承諾しているのだ(だから何様だ)。

 DJ・・・ディスク・ジョッキー(合ってるよね?)はCDとかレコードをかけて、なおかつMCという人があおったりしてお客さんをノセる人達のことで、レゲエやソウル、ハウス、R&B、JAZZ、ボサノバ、ロック etc・・・・中には、思わず「上手い!」って声が出るくらい、かける曲のタイミングを心得た奴らがいるのです。そういうDJは何だか雰囲気までそれらしく(?)見えてカッコイイ・・・。当然イベントは、ロックバンドのイベントに比べて女子率が圧倒的に高い!!タマ~~~に顔を出すと自分なんぞ場違いもいいとこで、所在なさげに隅っこでジーっと鑑賞しているだけ、中に入っても踊り方が分からないし、モミクチャになってボロボロになって、そのうち奇声を発して後は変人扱いされるのが関の山で、そそくさと退散するようにしている・・・。

 でも最近では歌謡曲DJとかも出て来て中々楽しい。

 そんでもって1年くらい前から、自分と青猫メンバーの真琴さんとダブルで、名瀬の繁華街屋仁川通りのRepos(ルポ)というお店でたまにロックDJをやっている。

 真琴さん命名:DJ 蒼音呼
 
 ルポはシャレた店で、フレンチのでるバー、店内はカウンターのみ。来やがれ女共!と張り切ってロックをガンガンかける蒼音呼(オイ・・)。当然お客さんはどんどん引いていくのみ、何だかオカシナ奴らだけが残ってはしゃいでいる。小生と真琴さん二人のDJは見る見る酔っ払い、酒をこぼし、フラフラになっても尚ロックをかけるのだ。

 二度と声はかからないだろうといつも思うのだが、ルポからだけはイベントの際に毎回声がかかる。マスターのリュータさんチョイスなのだろうか?、どうやらお店を潰したいらしい。

 そんなわけで、明日11.23(日)夜分、ルポでDJやります。

 あろうことか、青猫のマサルくんはカフェのマスターであるのをいいことに、「ルンルン」と名乗る女の子とダブルDJ、その名も「マサ・ルンルン」で出演するらしい・・・(悔)。他にもたくさん出演します。お近くの方、遠くからでも是非遊びにおいでやす。


 Restarant & Bar Repos  

 鹿児島県奄美市名瀬柳町13-16  Tel & Fax 0997-54-1435
 営業時間 平日 19:00~25:30 / 金・土 19:00~27:00  定休日 日曜日

 
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 DJ 蒼音呼  2008.?.?  at Repos

 30秒後、後ろのビールこぼしました。
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by aonekoroman | 2008-11-22 19:16 | 青猫ロマントルソ  

モノの哀れ  其ノ参 エド・ウッド完結編

 前回前々回、そして今回と三回にわたってエド・ウッドの映画を紹介しているが、トリを飾るのは、1980年「ゴールドターキー賞」において栄えある「史上最低映画」の称号を獲得した快作だ。
 ウッドが長年構想を練り、自身の代表作とすべく持てる全ての映画愛を注ぎこんで一気に狂い咲いたのが、コレだ・・・・

e0157973_18463724.gif vol.3 「プラン9・フロム・アウタースペース」

 相も変らず金策に困窮するウッドは、ある教会に企画を持ち込み、制作費を捻出するために友人やキャスト全員揃って洗礼を受けるという文字通り神をも恐れぬ暴挙に打って出た。

 撮影に入ったウッドの執念は凄まじかった。

 フィルムショットの使い回しなんて序の口で、全く同じシーンのはずが昼と夜に入れ変ったり、UFOと戦うはずの軍隊が陸軍だったり、近未来SFが過去のノスタルジックな流れに変ったりと右往左往の混乱ぶり・・・(ツッコミ所はまだまだあるが本当にキリがないので)。

 肝心のストーリーはというと、宇宙人が地球に攻めて来て、お墓を荒らして死んだ人を蘇らせて地球人をこらしめる。怒った地球人反撃開始って話だ(ドーダ)。
 だが怒った地球人の中でもミイラ捕りがミイラになったりして、ゾンビになっちゃったりと敵も侮れない感じで話は進む(マイッタか)。

 宇宙船の司令室なんて見事なフル装備で、机と無線機のようなものしかないのだ。いきなり見たら何だか可哀相なオジちゃん達が変な服着て遊んでいるようにしか見えない・・・(宇宙人の決めのポーズはティム・バートンの映画「チャーリーとチョコレート工場」の小人のポーズと一緒)。

 盟友ベラ・ルゴシもいたるところに出没する。撮影途中で死んでしまったルゴシ、似ても似つかない替え玉にドラキュラ伯爵の格好をさせて登場、顔をマントで隠すのがやたらと不自然で話しを大いに混乱させている。生前ベラ・ルゴシを最後に撮影したフィルムも「家の庭先で花の香りをかぎ、なんだかいい塩梅になっている」という感じだったのだが、映画ではその後車に轢かれて死んだ事になっている(なんちゅうやっちゃ)。
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 エド・ウッドは史上最低の映画監督と言われている。実際学生フィルムでもこうはいかない、というショットや演出が満載だし、彼にこそ相応しい称号だと思う。でも自分はこの最低な監督のDVD作品を、生涯の宝物として所有し、しばしば鑑賞している・・・。
 舞台裏を一部知ったせいも勿論あるが、こんなにも愛の込められた作品を私は他に知らない。この3作の他にも、彼の原案・演出作品も数少ないがあるという。確か「死霊の盆踊り」だったか・・・・・・・・うん、それも楽しみにとっておき、機会があったらまた紹介したい(いいってか?)。

      写真:エドワード・D・ウッド JR →
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by aonekoroman | 2008-11-20 13:29 | 特集  

モノの哀れ  其ノ弐

 「グレンとグレンダ」を世に放ち、数々の酷評を浴びて映画制作の機会がなくなったエド・ウッド。ある日ベラ・ルゴシの家に行くと、モルヒネ中毒に落ちぶれたかつての映画スターはとうとうカミさんに逃げられたご様子。失意のルゴシは拳銃自殺の真っ最中。ウッドは慌ててルゴシを説得、「君の主演映画を撮る」と言ったか言わないかは定かではないが・・・・。

e0157973_1385148.gif    vol.2 「怪物の花嫁」 

 さて、どうしたものかとウッドは金策に走るが、誰も彼の映画には出資せず。何とか近所の精肉屋の親父をダマくらかして金を引き出す。でも、そのおかげでウッドは精肉屋のバカ息子を映画に出演させなければならなかったのである。その演技についてはウッドがヘタと云うだけに、それはもう凄まじい演技だったことを意味する。・・が、映画自体が凄まじいので、さほど演技は重要ではないのかもしれない。

 映画のあらすじを少し・・・。

 放射能により超人を作り出す研究をしている博士(ベラ・ルゴシ)は、マッド・サイエンティストのレッテルを貼られて祖国から追放されてしまった。復讐を誓った博士は、ロボという名の低能の助手(ロボットなのかな?)と共に何故かタコを巨大化させたり、近所の人を誘拐しては改造しようとして殺してしまったりと、トンデモナイ無茶をしでかしていた。

 ネッシーの正体も、博士が巨大化させたタコだというからビックリだ。(ホントにビックリだ)

 そしてバカ息子扮するニィちゃんが、巨大タコの調査(?)に来て博士に人質にとられたネェちゃんを救出するというわけだ。 

 ルゴシの健康は日毎眼に見えて悪くなっていた。ハードな撮影(ロボ役の元プロレスラーにブン投げられたり等)が影響したのだろう・・・、撮影はしばしば中断され、ルゴシは隠れてモルヒネをウデに一発、元気を取り戻して撮影再開(無茶すんな)。彼は、真夜中の池で巨大タコと格闘するという壮絶なラストシーン(だから無茶すんな)を撮り終え、映画は完成した。しかし残念ながらというか、当然というべきか劇場では多くの罵声を浴びることとなる。

 そして・・・・・ 
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希代のドラキュラ俳優ベラ・ルゴシは1956年8月16日(「怪物の花嫁」の公開から3週間後)に心臓発作でこの世を去った。次回作の撮影期間中のことだった。椅子に腰かけた状態で発見されたルゴシ、膝にはウッドの脚本「最後の幕」が置かれていたそうだ。

 映画「怪物の花嫁」は誰が見ても最低でヒドイ作品である。しかし、才能の全くない映画監督と、忘れ去られた名優の夢がそこには詰まっているのだ。

 その後、ウッドの暴走が始まる・・・。
 

 続く・・・・。
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by aonekoroman | 2008-11-19 18:18 | 特集  

モノの哀れ  其ノ壱

 「史上最低の映画監督」という不名誉な称号を持つエド・ウッド(エドワード・D・ウッド JR)。彼は50年代を中心に超低予算の怪奇・犯罪映画を撮っていた。晩年はアルコール中毒で、1978年に心臓発作で亡くなった頃にはほとんど無一文だったそうだ。
 才能の全くない映画監督エド・ウッドと、かつての映画スターでモルヒネ中毒のベラ・ルゴシがタッグを組み、変な友人(色盲のカメラマン、インチキ予言者、オカマ云々)たちを巻き込んではZ級映画をジャンジャカ撮影していた。
 その様子は奇才ティム・バートン監督によって映画化され、エド・ウッドの作品は世界中でカルト的な人気を博したのだ。
 
 そんな彼の代表作品3つを、モノの哀れシリーズと題して1本ずつ紹介したいと思います。           
         

e0157973_14444775.gifvol.1 「グレンとグレンダ」

 この作品は、もともと「私は性転換した」というタイトルの映画として、ある制作会社が企画したものだった。それが出演俳優の降板などがあり、まわりまわってウッドが監督することになったのだが・・・・・・それがオカシナことになったのだ。
 ウッドは女装癖があり、本人も悩んでいた。中々の筋金入りで、兵役中も女性の下着を愛着していたそうだ。そして性転換がテーマの映画を、ある男が女装癖に悩み、それを恋人に打ち明けるまでの映画にしてしまったのだ。そう、まるっきり自分の悩みを映画化し、「私は性転換した」は遥か遠くへ、「女装の趣味は悪くない」に変貌しちゃったのである。

 更にベラ・ルゴシの出演が、事態を余計に混乱させた。
 彼が演じたのは人類の運命を操る支配者、いわば神のような役である(凄い)。彼がイタズラしたことで、エドの心は女になり、女装を始めてしまうという設定だ・・・・(凄い)。
 更に更に、映画の中でルゴシの役柄の説明は一切ないので、観ているアナタは大いに戸惑うことになる。突然稲妻とともにドラキュラ伯爵(ルゴシはドラキュラ役で映画スターになった)が出てきて、ハンガリー訛りの大袈裟な演技でワケの判らないことを叫びたてるのだから・・・。

 ルゴシは言う(正確にはエド・ウッドに言わされた)

 「気をつけろ! 玄関には巨大な緑の龍が座っている。
 小さな男の子や子犬の尻尾、太ったカタツムリを食べてしまう」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 この他にも数々の名(珍)シーンがあるので、じっくり堪能していただきたい。非常にシュールで難解なので、小生ごときが語れるシロモノではないのだ。

 最後にヒロインが主人公に心を開き、自分が来ていたアンゴラのセーターを脱いで主人公に渡すシーンがあるのだが・・・実話にもとずいたのかな?エド・ウッドは相当なアンゴラフェチで、現実にも恋人のアンゴラ類を着あさっていたとか。どっちにしてもかなり個人的な主張である。
 ヒロインは実際にウッドの恋人でした。彼女は実生活でもエド・ウッド(女装)を理解しようと努力はしてみたが、遂に理解することはできなかったそうです・・・。

 こうして世紀のモノローグ(独り言)映画「グレンとグレンダ」は世に放たれた。


 続く・・・・。


 

 
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by aonekoroman | 2008-11-19 12:53 | 特集  

因果は巡る

 前回の続き(1年後)

 今を遡ること二十数年前、小生は街のエレクトーン教室に通っていた。初めての舞台も経験し、やる気も出てくるかと思われたが、他の学校などとの対立はヒートアップし、やはり男の勝負は避けられぬモノ、相も変らずエレクトーンには寄り付かず、公園で走り回っていた。

 その間も教室の皆は修練を積み、アッという間に1年が過ぎて再び発表会の時期が近づいていた。
 S先生はある日曜日に自分を自宅に招きいれ、1曲のポップスを流し始めた・・・。ボンヤリと聴いた後、私は尋ねた。

 小生「これ何ですか?」

 S先生「今度キミが発表会で歌う曲だよ。」

 
 演目:ハウンドドッグ/ff(フォルティシモ)

 
 嗚呼、自分は1年前と何ら成長を遂げず、また同じ辱めを受けることになったんですね。分かりました。タンバリンでもマラカスでも何でもいいっすよ。いや、何ならリーゼントにして振り付けもいれましょかい。

 すっかり拗ねて投げやりな小生、しかし当のS先生は何だかノリノリで、

 「今年はキーボードで、そうね、ベースラインとか弾きながら歌うっていうのはどうかな?」

 なんて言っている。自分が興味なさげにしていると、何だか哀しそうな顔をしやがるので

 「分かったやる。タンバリンでチェッカーズよっかマシだしね。」

 とまたまた承諾(何様だ)。そんでもってまた教室の皆と一緒に練習したのだ。


 当時通っていた小学校の同じクラスにTさんという女子がいた。幼少の頃よりピアノを習い、その演奏は校内はおろか市内、いや県下に轟いていた凄腕のピアニストだ。何と発表会当日に彼女が見に来ていたのだ。
 昔から恥をかくのには慣れていたのか、さほど彼女の事は気にならなかった。そして本番へ、

 私は歌った。

 曰く、

 お前の涙も俺を止められない。今更・・・失うモノなど何も無い。

 曰く、

 あ~いが、全てさ。今こそ歌うよ。あ~いをこめて、強く、強く。

 キーボードでベースラインを弾きながらメロディを歌うというのは中々難しいものだが、今年も無事務めを果たした。S先生も喜び、300人の観客もまずまずってとこだった。しかし・・・・・

 同級生のTさんが自分の所に来た。労いに来たのか、カワイイ奴めと思いきや

 ボソっと一言

 「アンタの歌がなければ、良かったよ。」 と


 その後再びマイクを握ることはなく、時は過ぎていった・・・。

 Tさんは今もピアニストとして国内外で活躍していると聞く。当然小生がバンドを組み、奄美で活動していることなんて知らないはずだ。もし彼女と再会したとしても自分はライブには誘わないことに決めている。

 こう言われるに決まっているのだから・・・

 
 「アンタの歌がなければ、良かったよ。」 と


 
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by aonekoroman | 2008-11-16 12:05 | 実録☆管理人の戯言  

初めての舞台

 今を遡ること二十数年前、まだ賢しらな小童であった小生は街のエレクトーン教室に通っていた。通っていたのは表向きで、楽譜の入ったバッグを持って出かけては公園で遊び、気が付けば教室は終わってしまっていて、殆どまともに通っていないという体たらくだったのである。

 何故かというと

 その教室は土曜日の午後にあり、土曜の午後というのは健全な男子児童にとっては他クラス、他の町、他の学校との日頃の因縁に決着をつけるべく時と場所、その手段を指定しあい対決するのだ。
 見た目も中身も当代一家きっての穏健派である自分がかりだされるのは、当時得意であったサッカーの試合などであった。男の勝負を振り切って仲良くエレクトーンを奏でる程落ち着きはなく、当然楽譜の入ったバッグなどは公園のベンチに投げ捨て、ややっと戦場に赴いていたのである。
 気づけば陽は暮れ、腹が減ったので帰る。母親に「あんたバッグは?」と聞かれ、「エレクトーン教室は?」と問い詰められ、飯を取り上げられるのだ。

 阿呆である・・・。

 当然教室の他の児童は上達し、自ずと自分はついて行けなくなるのだ。そうなるとますます寄り付かなくなるのが常である。そんなエレクトーン教室にも発表会の期日が迫り、あらゆる手段で小生を捕獲したS先生は苦渋の決断をするのだ。

 「歌いなさい。」

 考えてみて欲しい・・・。エレクトーンの発表会で1人だけ楽器を演奏せずに歌えとは何事か・・・。「そのような辱めを受けるくらいなら辞退させていただく。」と当然断ったのだが、先生の熱意に絆され渋々承諾してしまったのだった。

 演目:ザ・チェッカーズ/ジュリアに傷心

 あろうことか自分は藤井フミヤのごとく髪をおっ立て、ダンスもしこまれる手順であった。そんなしゃらくさい事が出来るはずもなく、何か自分にも楽器を!と嘆願した所渡されたのが、

 タンバリン・・・・・・・・・・・・・・・。
 
 そう、私のヴォーカルとしての初舞台は、タンバリン片手にチャンチャカ鳴らしながらチェッカーズを歌ったのである。
 先生や教室の皆の暖かい指導のもと、練習は続いた(サボラないように迎えに来てたような・・・)。小生の教室は年少の方で、中学生や高校生の姉ちゃん達(比較的エレクトーン教室なんぞ女子率が高い)の教室も出演が予定されていたようだ。どこぞで噂を聞きつけた他の教室の先生や姉ちゃんたちが見学にも来ていたな・・・。何だか情けないことになっちまったなぁ・・・とボヤくものの、ここまで来たら後には引けねぇってんで歌の練習に励む小生、演奏に余念のない教室の皆々。遂に本番へ・・・

 当日会場は収容人数300人を越える公民館のホール!(矢野顕子がライブし、坂本龍一も一緒に出た場所なんだぜ。八歳の小生、それを観に行ったのだ)
 父兄やらなんやらで会場は満員であった(今なんてライブに100人来ればいいほうだぞ)。

 私は歌った。

 曰く、

 キャンドルライトがガラスのピアスにはじけて滲む。お前、彼の腕の中踊る。

 曰く、

 ハートブレイク、サタデーナイト、悲しいキャロルがショーウィンドウで・・銀の雪に変ったよ。


 何のことだかサッパリ分からない。が、私は最後まで歌い上げ、務めを果たしたのだ。
 
 現在、その教室に通っていた児童らは皆楽器から離れ、皮肉なことに問題児であった自分だけが音楽を続けている・・(ギターだけどね)。風の噂でS先生もそのことを聞いてとても喜んでいるらしい。


 いつかS先生をライブに呼びたいと思う。ジャンルなど関係ない、きっと喜んでくれるはずだ。
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by aonekoroman | 2008-11-14 19:13 | 実録☆管理人の戯言  

スカッと地獄

メシ喰うな

INU / 徳間ジャパンコミュニケーションズ


 あまりにも有名なこのジャケット写真。パンク歌手で小説家、詩人、たまに俳優もする町田康がまだ町田町蔵と名乗っていた頃のもの。

 INUというバンドでデビューした町田氏は、当時弱冠19歳だったらしい。あの飛び出しそうな大きな眼で世界を睨みつけ、思いつくまま歌い書き、時に「ヒョエ~ッ」とか奇声を発しながらあちこちのライブハウスで歌っていた町田氏。その存在感は昔の写真や、雑誌の記事などで知ることになるが、自分もちょうど19歳くらいの頃に町蔵の歌を聴いたのです。ついでに野音かどっかで歌っている奇妙な映像も見たんじゃないかと思う。何だか得体の知れん妙な奴だな・・・と興味を覚え、CDを聴きあさりすっかりファンになっていた・・・。
 俳優としてもその存在は際立っており、映画「爆裂都市」(大江伸也や遠藤ミチロウも出演)では、キチガイ弟という配役でご出演なさっていました。

 地獄の業火に焼かれた阿鼻叫喚の浮世絵の様な世界(ん?何だそれ?)・・・・そんな世界を作り出す稀に見るトンチンカン野郎だ町蔵は・・・と訳のわからぬ想いを抱き、こっそりファンを続けていた。

 10年ちょっと前に、本屋で変なタイトルの小説を見つけた。それが「くっすん大黒」。町蔵くんは町田康と名を改め小説家になっていた。やや、と思い購読すると、その小説はとてもオモシロく一気に読み上げてしまいました。
 その後次々と小説、エッセイ、詩集を出版。数々の賞をかっさらい、その名を全国に知らしめてしまったのです。

 私がこのブログでしばしば使う一人称は小生、お分かりの方も多いかと存じ上げますが、町田康と時代劇好きによるもので、その影響に他ならぬものでございます。それ故使い方を間違うことも多々あるかと思いますので、この場を借りて深くお詫び申し上げます。


 それでは皆さんも、時には町田町蔵×町田康の世界に飛び込み、スカッと地獄へ参りましょう。

 
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by aonekoroman | 2008-11-12 12:19 | 本・映画・音楽  

奇人たちの晩餐

 2007年初頭、青猫ロマントルソ(以下青猫)を結成した。結成はしたもののライブの予定はなくシコシコとスタジオで曲作りに励んでいた。そんな我々を見かねた先輩がライブへの出演を依頼してくれたのが事の始まり。喜び反面焦る小生、何故なら曲よりなによりバンド名が決まっていなかったのだ。早速その先輩が営む名瀬の繁華街屋仁川通りの「JUNGLEBASS(通称ジャンベ又はJB)」で緊急ミーティング。しかし5人(当時)のだいの大人が揃いも揃ってマヌケ面で、話は脱線、また脱線・・・。いつの間にかいい塩梅に酔っ払って帰る頃には何しに来たのかも忘れる始末・・・。しかもライブ当日一人出られない状況に・・・、先行きが暗く、不安な小生。なんとか思いついたままバンド名をこじつけたのが青猫ロマントルソ。「青猫ロマンポルノ?」だの、「ロマンソルト(塩)ね」だのとよく間違えられる様な覚えにくいものを命名してしまいました。

 どうにかこうにかライブ当日。平日で、しかも雨にもかかわらずASIVIにはたくさんの人が来ていました。緊張する小生・・・。イベントは「奇人たちの晩餐」というだけあって、脚立に乗ってギターをかかえ、自虐的な歌を披露する者。強面の方々がスーツに身を包み、ロックンロールよろしくかと思いきや一転してステージ上で仲間割れコントを披露するバンド。クレジット通り奇人たちのオンパレードであった。新人バンドの我々は他の出演者に直立不動で並び挨拶をし、ステージへ・・・。

 率直な感想として、初めてにしては好感触だったと思いました。お客さんの反応がとても良く、正直意外なくらい・・・。暗い先行きに、ほんのり光が射しました。どうもね、ありがとうね。

 そしてその日のメインは、そんな青猫をライブデビューさせてくれたJB(ソウルシンガーに非ず店の名)マスター正野タクヤさん率いる「ガリンペイロ」というバンドでした。

 ガリンペイロを敬愛してやまない小生、彼等主催のイベントに出られたのがとても嬉しかったのです。

 そしてそのガリンペイロ、いつの間にかCD作ってました!!奄美大島産二軍音源「ディ!レコード(中孝介くんも最初はここから出したんだよ)」からデビュー!!!(わーい)。

 ガリンペイロのCD発売、詳しくはコチラをクリック

 「奇人たちの晩餐」復活を待っております・・・。

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2007.6.15 at roadhouse ASIVI 青猫ロマントルソ&ガリンペイロ
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by aonekoroman | 2008-11-11 12:11 | 青猫ロマントルソ