カテゴリ:実録☆管理人の戯言( 32 )

 

因果は巡る

 前回の続き(1年後)

 今を遡ること二十数年前、小生は街のエレクトーン教室に通っていた。初めての舞台も経験し、やる気も出てくるかと思われたが、他の学校などとの対立はヒートアップし、やはり男の勝負は避けられぬモノ、相も変らずエレクトーンには寄り付かず、公園で走り回っていた。

 その間も教室の皆は修練を積み、アッという間に1年が過ぎて再び発表会の時期が近づいていた。
 S先生はある日曜日に自分を自宅に招きいれ、1曲のポップスを流し始めた・・・。ボンヤリと聴いた後、私は尋ねた。

 小生「これ何ですか?」

 S先生「今度キミが発表会で歌う曲だよ。」

 
 演目:ハウンドドッグ/ff(フォルティシモ)

 
 嗚呼、自分は1年前と何ら成長を遂げず、また同じ辱めを受けることになったんですね。分かりました。タンバリンでもマラカスでも何でもいいっすよ。いや、何ならリーゼントにして振り付けもいれましょかい。

 すっかり拗ねて投げやりな小生、しかし当のS先生は何だかノリノリで、

 「今年はキーボードで、そうね、ベースラインとか弾きながら歌うっていうのはどうかな?」

 なんて言っている。自分が興味なさげにしていると、何だか哀しそうな顔をしやがるので

 「分かったやる。タンバリンでチェッカーズよっかマシだしね。」

 とまたまた承諾(何様だ)。そんでもってまた教室の皆と一緒に練習したのだ。


 当時通っていた小学校の同じクラスにTさんという女子がいた。幼少の頃よりピアノを習い、その演奏は校内はおろか市内、いや県下に轟いていた凄腕のピアニストだ。何と発表会当日に彼女が見に来ていたのだ。
 昔から恥をかくのには慣れていたのか、さほど彼女の事は気にならなかった。そして本番へ、

 私は歌った。

 曰く、

 お前の涙も俺を止められない。今更・・・失うモノなど何も無い。

 曰く、

 あ~いが、全てさ。今こそ歌うよ。あ~いをこめて、強く、強く。

 キーボードでベースラインを弾きながらメロディを歌うというのは中々難しいものだが、今年も無事務めを果たした。S先生も喜び、300人の観客もまずまずってとこだった。しかし・・・・・

 同級生のTさんが自分の所に来た。労いに来たのか、カワイイ奴めと思いきや

 ボソっと一言

 「アンタの歌がなければ、良かったよ。」 と


 その後再びマイクを握ることはなく、時は過ぎていった・・・。

 Tさんは今もピアニストとして国内外で活躍していると聞く。当然小生がバンドを組み、奄美で活動していることなんて知らないはずだ。もし彼女と再会したとしても自分はライブには誘わないことに決めている。

 こう言われるに決まっているのだから・・・

 
 「アンタの歌がなければ、良かったよ。」 と


 
[PR]

by aonekoroman | 2008-11-16 12:05 | 実録☆管理人の戯言  

初めての舞台

 今を遡ること二十数年前、まだ賢しらな小童であった小生は街のエレクトーン教室に通っていた。通っていたのは表向きで、楽譜の入ったバッグを持って出かけては公園で遊び、気が付けば教室は終わってしまっていて、殆どまともに通っていないという体たらくだったのである。

 何故かというと

 その教室は土曜日の午後にあり、土曜の午後というのは健全な男子児童にとっては他クラス、他の町、他の学校との日頃の因縁に決着をつけるべく時と場所、その手段を指定しあい対決するのだ。
 見た目も中身も当代一家きっての穏健派である自分がかりだされるのは、当時得意であったサッカーの試合などであった。男の勝負を振り切って仲良くエレクトーンを奏でる程落ち着きはなく、当然楽譜の入ったバッグなどは公園のベンチに投げ捨て、ややっと戦場に赴いていたのである。
 気づけば陽は暮れ、腹が減ったので帰る。母親に「あんたバッグは?」と聞かれ、「エレクトーン教室は?」と問い詰められ、飯を取り上げられるのだ。

 阿呆である・・・。

 当然教室の他の児童は上達し、自ずと自分はついて行けなくなるのだ。そうなるとますます寄り付かなくなるのが常である。そんなエレクトーン教室にも発表会の期日が迫り、あらゆる手段で小生を捕獲したS先生は苦渋の決断をするのだ。

 「歌いなさい。」

 考えてみて欲しい・・・。エレクトーンの発表会で1人だけ楽器を演奏せずに歌えとは何事か・・・。「そのような辱めを受けるくらいなら辞退させていただく。」と当然断ったのだが、先生の熱意に絆され渋々承諾してしまったのだった。

 演目:ザ・チェッカーズ/ジュリアに傷心

 あろうことか自分は藤井フミヤのごとく髪をおっ立て、ダンスもしこまれる手順であった。そんなしゃらくさい事が出来るはずもなく、何か自分にも楽器を!と嘆願した所渡されたのが、

 タンバリン・・・・・・・・・・・・・・・。
 
 そう、私のヴォーカルとしての初舞台は、タンバリン片手にチャンチャカ鳴らしながらチェッカーズを歌ったのである。
 先生や教室の皆の暖かい指導のもと、練習は続いた(サボラないように迎えに来てたような・・・)。小生の教室は年少の方で、中学生や高校生の姉ちゃん達(比較的エレクトーン教室なんぞ女子率が高い)の教室も出演が予定されていたようだ。どこぞで噂を聞きつけた他の教室の先生や姉ちゃんたちが見学にも来ていたな・・・。何だか情けないことになっちまったなぁ・・・とボヤくものの、ここまで来たら後には引けねぇってんで歌の練習に励む小生、演奏に余念のない教室の皆々。遂に本番へ・・・

 当日会場は収容人数300人を越える公民館のホール!(矢野顕子がライブし、坂本龍一も一緒に出た場所なんだぜ。八歳の小生、それを観に行ったのだ)
 父兄やらなんやらで会場は満員であった(今なんてライブに100人来ればいいほうだぞ)。

 私は歌った。

 曰く、

 キャンドルライトがガラスのピアスにはじけて滲む。お前、彼の腕の中踊る。

 曰く、

 ハートブレイク、サタデーナイト、悲しいキャロルがショーウィンドウで・・銀の雪に変ったよ。


 何のことだかサッパリ分からない。が、私は最後まで歌い上げ、務めを果たしたのだ。
 
 現在、その教室に通っていた児童らは皆楽器から離れ、皮肉なことに問題児であった自分だけが音楽を続けている・・(ギターだけどね)。風の噂でS先生もそのことを聞いてとても喜んでいるらしい。


 いつかS先生をライブに呼びたいと思う。ジャンルなど関係ない、きっと喜んでくれるはずだ。
[PR]

by aonekoroman | 2008-11-14 19:13 | 実録☆管理人の戯言