歌うたい、たまには語る。

 中学生の頃に初めてギターに触れてから、早20年近く経とうとしている。

 お世辞にも音楽に精進し邁進して来たとはいえないし、気がつけば何年も活動しなかったりもしていたが、やっぱり気がつくとバンドをやっていた(何だそりゃ)。25歳を過ぎた頃からは自作の詩や曲を作ってヴォーカルをするようになり、訳の分からん(間違った解釈も多々)日本語で歌を歌ったりしている。作った本人が良く分かっていないのに、聴いている人が分かるはずもなく、いつもいつも空回りしているかのようにも思えるが、これが中々楽しくて止められない・・・。残念ながら音程も若干(?)ずれたりしているので、自分で聴いてて恥ずかしいことばかりだが、止められないのが不思議だ・・・。

 思えば恥の多い人生である。

 それでも、あんなお粗末な歌を好いてくれるごくごく少数の方々に励まされ今に至っているのだろう。一度自分がヴォーカルをしていたバンドが失くなってしまったのだが、約5年の歳月を経て「青猫ロマントルソ」を結成し、再び歌い出したのもそういった人達のおかげである。

 これは間違いないのだ(いやマジで)。

 プロ・アマ・ガキ問わず、世界中に数多のロックバンドが存在する中で、どうにかこうにか隅っこの方で細~い紐にぶら下がっているのが自分だな、などと戯けた事を考えたりしながらそこにしがみ付いている姿は何とも形容しがたいものがある。実際、皮肉なことに、自分が自分の歌を歌うようになったのは、不養生に胸を患い普通に歌えなくなってからなのだ。全くもって変な話しである。一つだけ良かったことは、無駄に気負わなくなったことだろうか・・・。自分に出来ることが制限されると、不自由なようで自由になった感じがしたんだろうな(多分)。なんちゅうか背伸びをしなくなったというか・・・・「何かを失うと、その分得ることもあるもんだな。」なんて楽観的に捉えているのだ。

 阿呆はこういう時に得だね。

 バンドで曲を演奏しながらメロディーをのせ、後で録音したテープで自分が何を言っているのか聴き取れる範囲でメモにとると・・・・

 さっぱり訳が分からない

 が・・・

 歌わんとしょーがないので、どーにかこーにか完成させる。酷い時は、ライブ本番中に無理矢理歌って完成させる。未完成でステージに立つなんてふざけていると思われそうだが、小生はいたって大真面目なのだ。

 斎藤和義さんの歌で、「歌うたいのバラッド」という素晴らしい歌がある。

 「ただ声に身をまかせ、頭の中をカラッポにするだけ」

 という歌の極意のような一節があるのだが、本当にその通りだと思う(個人的に)。自分がその極意を極めているとは口が裂けても言えないし思ってもいないが、なるだけそうありたいな。


 そして心のベストテン第1位の「ワイルドサイドを歩け」を、確認するかのようにたまに一人で歌う。


 先月地元奄美の友人達が、ライブハウスASIVIにてイベントを催していた。子どもの出産を間近に控え出演を辞退し、観にも行けなかったのだが、後日DVDでその模様を鑑賞した・・・。

 みんなカッコ良かった!!!

 小生が女の子にモテたいという理由だけでチャラチャラとバンドしていた学生時代に、1人本気で路上で歌っていたヒサオが「ウェルカムズ」を結成して、奄美のバンドマンやロックファンに新たな警鐘を鳴らし、圧巻のパフォーマンスで「ガスコイン」が観客の度肝をぬいていた。そしてヒサオと組んで「ウェルカムズ」で吠えた後、金城さんはロックに生まれた「泪橋」をロックに散らしていた。

 映像でもその熱気は伝わりました、とっても素敵でした!!



 さて、青猫ロマントルソの皆、そろそろ始めようか・・・。

 最近すっかり育児サークルと化しているもんね(笑)

 それはそれで素敵なこと・・・・。 


 ボチボチ音も出したくなって来たんじゃないか?

 お待たせいたしました。

 月末辺りから、またスタジオ入りしようぜ。

 
 
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by aonekoroman | 2009-03-12 20:03 | 実録☆管理人の戯言  

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